フルフィルメント瞑想とは 1

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皆さんこんにちは!
「フルフィルメント瞑想とは」と言うタイトルでフルフィルメント瞑想を実践していく過程で起こってきた事象を生徒さんからの体験を基に取り上げていきたいと思います。

生徒さんの体験談
『フルフィルメント瞑想を始めたら少しボーとして、あまり考えられなくなったように感じるのですが・・・』

フルフィルメント瞑想を続けていくと、頭脳明晰になり、集中力も増してきます。
適時必要な時にその効果を発揮します。
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一方その過程で
最近私あまり考えられなくなってきて・・・このままじゃおバカさんになっちゃうかも
という声を耳にします。
これは思考過多で観念の強い方には、ハートとのバランスをとる必要があり、そのために起こっていること。
簡単に言うとハートが開いてきたっていう事なんです。

現代社会の真っ只中に生きていて、必死に考えること、たくさんの知識を身につけることが、この世で生き残るための必須条件だと思われている方が多いですね。

確かに、現実に仕事を進める上で、必死に考えることもありますし、政治、経済、社会情勢に対する知識や教養は最低限必要だと思います。

我々は現実生活も生きている訳ですから。

僕もサラリーマン時代に上司から
『脳みそから血が滲むぐらい考えろ!』
と言われてありました・・・

当時は考えすぎるぐらい必死で考えたものです。

でもあまりにも思考過多になってしまうと、感じるという機能が麻痺を起こします。

考える必要のない時でさえ、ずっと考え続けている。
考えているというか頭の中の会話に夢中になっている。
ブツブツ・・・ブツブツ・・・
そして理論理屈ですべて解決できると信じている。
これが多くの問題を引き起こします。

それはなぜか・・・

マインドが把握している領域は我々の意識レベルのほんの数%と言われています。
思考で捉えている領域は、我々の叡智からしたら、まだ浅いところなのです。
そして過去の経験や、植え付けられた観念から未来を予測して、きっとこうなるに違いないと決めつけてしまう。
過去の経験から学ぶなと言っている訳ではありません。
でもそこに、ネガティブな感情が古い傷や苦い思い出に付着して眠っている。
歪められた感情から歪められた結論を導き出してしまうとしたら・・・
問題はそこだけです。

思考自体は悪いものではないし、むしろそれを才能として輝かせている方は素晴らしいと思います。

ですから思考も必要な時に適時使えば良いのですよ!
フルフィルメント瞑想を実践していくとそれがどういう事なのか腑に落ちてきます。

一方ハートはすべてを知っていると言われています。

ハートはまだ意識に上がっていない領域を認識しています。

だからマインドを手放してハートで生きなさい。

とフルフィルメント瞑想の創始者ボブ・フィックスも
我々にアドバイスしてくれているんですね!

思考は常に動いています。もしストップして、ハートで生きられるようになれば
そこにはただ自由があります。

幻想である頭の中のストーリーから出ることで、いかに自分が自分教の熱烈な信者だったのかを知るのでしょう。

そして安らぎの中で、ただ静かに”在る”ところから生きる。

ハートをオープンにしてね!

そして現れの中で必要な時に、マインドはハートと統合され叡智となって湧き上がってくるのだと思います。
これは単にマインドで蓄えた知識など遠く及ばないほどの深淵な叡智です。

特にフルフィルメント瞑想のような深い領域に作用する瞑想法の実践者は、このプロセスが加速されます。

だから瞑想を続けていて、あまり考えられなくなっていくことはむしろ喜ばしいことです。

今まで必要以上に考えすぎていたか、ハートの麻痺が解けて、感じることが優位になってきているのでしょう。

いつも考えていないと不安だという観念が、思考の機能不全を許しません。
(実際には思考が機能不全を起こしていると思い込んでいるだけですが・・・)

そんな自分に、このままで大丈夫!

順調順調と声をかけてあげてください。

もう頑張らなくていいよ! 流れのままで・・・って

変わっていく自分にオーケーを出してあげることで、さらに歩みが早まります。

いつも応援しています。

でもねー!
たくさんの知識を身につけること。
そしていろいろ知りたい!と好奇心旺盛なことはとても良いことなのでね。
ニュートラルな状態でそれを心から楽しめれば最高だよね!

ん!混乱してきたって。。。
それも良いでしょう。

また理解しようとしてませんか?!・・・笑

それでは!!!

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